鳥取地震
レポート・出版物
概要

2001年3月24日土曜日午後3時28分、安芸灘を震源とする M6.9の地震が発生しました。震央は安芸灘、深さ51kmの地点、 震度階の分布では5強及び6弱(気象庁震度階)が最も多く、改正メルカリ震度に換算するとおおよそⅧとⅨの間になります。 予備的な震度階マップを下に掲載しております。津波の報告はありません。
今回の地震により 2人が死亡、おおよそ200人が負傷したと報告されています。 EQE(現・ABS Consulting)はデータ収集及び クライアントのアシストのため、被害を受けた地域にエンジニアチームを派遣しました。
小林由事(Principal Engineer)及び堀裕弘(Lead Engineer)が地震発生から1日経過した日曜日の午後に現地に到着しました。 チームは松山市、今治市、河内町、熊野町、呉市、広島市及び岩国市を調査しました。これらの地域は震度が最も大きく報告された地域です。

地震

今回の地震は、ユーラシアプレートとの境界面の沈み込むフィリピン海プレート内部で発生しました。モーメントマグニチュード(M)は 気象庁により6.9(暫定)と推定されました。ある局所的な地域では地盤振動は大きくなっていますが、マグニチュードは中程度の地震であることを 示しています。
地震を起こした断層の面積は、20km x 10kmであり、断層のずれた量は最大で4.0m、平均1.2mと報告されている。
今回の震源付近では、1905年6月2日の芸予自身(M7.2)や、1949年7月12日のM6.2の被害地震が起こっている。 今回の地震の規模はほぼ鳥取県西部地震と同程度であり、兵庫県南部地震のエネルギーの約半分である。

建築

<松山市>
松山空港では小規模の損傷(窓ガラスが割れる、内装タイルの落下(PHOTO 01)など)が見られました。 滑走路及び建物自体に被害の報告はありませんでした。松山市内では屋根瓦や窓ガラスの損傷、壁のクラック、 歩道の沈下といった小規模な被害が多数報告されました。

<今治市>
今治市で最も大きな被害が見られたのは、3階建てのマンションが部分的に崩壊したものです(PHOTO 01)。 典型的なピロティ破壊の被害でした(PHOTO 02)。
また多数の木造住宅の屋根瓦も被害を受けています。今治城の外堀歩道の石垣が一部崩壊しました。

<河内町>
河内町は軽から中程度の被害が報告されています。屋根瓦の被害は散発的に見られました。河内町役場では天井の照明器具が損傷しました。 清水谷入口付近では山の斜面に崖崩れが発生しました。擁壁が崩壊し、民家に大きな被害を及ぼしました(PHOTO 04)。

<熊野町>
熊野町でも同程度の被害が見られました。ブルーのビニールシートは屋根瓦の損傷が発生した場所を示しています(PHOTO 05)。
熊野町役場では窓ガラスが破損しました。また墓地では墓石が転倒していました(PHOTO 06)。

<呉市>
呉市青山町では、清水ケ丘学園高校体育館の舞台上部の内壁石膏ボードが落下し(PHOTO 07)、数名が負傷しました。 呉駅前のコンクリートブロック壁にはクラックが見られ、一部が損傷しました。呉市内では他に数カ所でブロック壁の崩壊もしくは損傷が見られました。


<広島市>
広島市内では住居用建物に被害が見られました。被害の多くは屋根瓦の損傷及び地盤沈下です。3階建て軽量鉄骨造建物はやや大きい損傷を受けました。 外壁パネルが建物の壁面から落下し、数カ所でXブレースが座屈あるいは破断しました(PHOTO 08)。
また、西区観音新町の運動場では液状化現象も見られ、数カ所で噴砂が約10m幅で広がっていました(PHOTO 09)。

港湾施設

今治市では港に被害が見られ、埠頭では岸壁が側方流動により約30cm移動しました(PHOTO 10)。

ライフライン

松山市では小規模な水道管の破裂がみられた。
河内町の椋梨川変電所では地盤沈下のために構造物に若干の被害がありました。また、河内町小学校の入口付近の道路が小規模な崖崩れにより 遮断されました(PHOTO 11)。
広島市内の楠木1丁目では、山陽新幹線の支持構造物に被害が見られました。支持梁の数カ所にせん断クラックがありました(PHOTO 12)。 コンクリートが剥がれ落ち、柱脚部の鉄筋がむき出している箇所が数カ所見られました。

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