鳥取地震
レポート・出版物
概要

2000年10月6日午後1時30分ごろ(日本時間)マグニチュード 7.3(気象庁発表。the United States Geological Survey の報告によるとM6.7)の地震が 日本の南西地域を襲った。今回の地震の震源は、工業都市米子付近で鳥取県西部の南10kmに位置し、東京から南西方向に約504km離れています。 鳥取県は人口約60万人以上の地方都市である。
負傷者112人、住宅を含めた被害建物数は、2,086棟である。また、余震による被害の拡大を防ぐため、一時3600人に対して避難勧告が発せられた。
地震発生直後、EQE東京事務所の技術者チームは現地に急行し、工業施設、商業施設の被害、インフラの被害、およびすべての種類の建物被害を調査した。

地震

地震は、鳥取県の西部の北西から南東にわたって生じた左横ずれ断層が約20kmにわたって被害を引き起こしたと報告されています (カリフォルニアのサン・アンドレス断層や1995年に大災害を引き起こした神戸の断層におそらく似ていると考えられます。)。 0.8g以上の非常に大きな加速度が観測されています。鳥取地方に起こったもっとも大きな地震は1943年、M7.2である。
地震を起こした断層の面積は、20kmx10kmであり、断層面は殆ど垂直(86°)となっている。断層面の最上部は、地表から1kmの深さであり、 地表から直接断層面を見ることはできなかった。断層のずれた量は、1.4mである。

建築

<米子市>
この地域には、多くの低層の商業ビル・産業ビルが建っているが、大きな構造的な被害は見られない。屋根瓦の被害は、わずかである(PHOTO 01)。 損傷の受けやすい駅構内の建物には損傷がないようである。鉄筋コンクリート造の建物には、重大なクラックはなかった。 大きな建物周辺の歩道には、数センチから10センチの地盤沈下が確認された。

<境港市中央部>
古い木造住宅のみが、壁が崩壊するひどい構造的な被害を受けている(PHOTO 02)。他の種類の建物に対しては、重大な構造的被害は見られなかった。 これは、鉄筋コンクリート造の商業ビルに対する地震による明らかな影響が見られなかったことも含んでいる。
上道神社は、水平荷重に対する抵抗力がなく、屋根が非常に重いため、倒壊したと考えられる(PHOTO 03)。 フレームの弱い方向と地震の強い方向(東西方向)とが一致してしまったのである。神社に近接した墓地では、一部の灯籠が倒れていた。

<溝口町>
多くの木造家屋が、瓦屋根に対する被害を受けている(PHOTO 04)。溝口町役場では、主要な鉄筋コンクリートの柱に大きなクラックが生じた(PHOTO 05)。 また、隣接する二つの建物をつなぐ歩行路のエキスパンションジョイントが損傷を受けている。軽量コンクリートのブロックには、一部崩壊が見られた。 役場メインホールが損傷を受けたため、町住民に対する緊急時対応は、車庫の建物において行われている。ここでは、屋根の一時的な修復および翌日に 予想される降雨対策として、プラスチック製のシート等が供給されている。溝口中学校は、地震に十分堪えることができた。唯一観察された損傷は、 建物エントランス部の柱に見られた(PHOTO 06)。また、壁にわずかなクラックが見られた。また、地滑りの被害が、特に河川沿いに発生していることが観察された。道路各所では、復旧作業が続けられている。

<日野町>
古い木造家屋の一部に著しい被害が出ている。また、瓦屋根被害も多くの建物で確認された。日野病院では、若干構造被害が見られる(PHOTO 07)。 地震動によって屋上の高架水槽が激しく移動したため、接触したRC壁が被害を受けたと考えられる。また、町の墓地では多くの墓石が落下している。

<西伯町>
重い屋根をもった幾つかの古い伝統的な木造建物が倒壊した(PHOTO 08)。住居の多くが屋根瓦に損傷を受けている。町役場は、近代的な建物であり、 大きな損傷はなかった。すべての被害例の詳細をたどる緊急時の活動は、大規模なボランテイアのスタッフらによりなされている。 学校の建物の壁にわずかにクラックが生じていた。なお、西伯町では、水道管から漏洩する被害がでている。

<新見・落合>
あきらかに脆弱度の高いと考えられる建物があるが、特に大きな地震被害は見られなかった。

<岡山>
岡山は震央から約150km離れた大都市である。概して、建物には大きな被害はなかったが、唯一曽根町は例外であった。 周囲を畑で囲まれた小さな集落で、一箇所(1km四方以下)の小さな地域の建物に被害が集中しており、非常に古い建物が倒壊している(PHOTO 09)。 この地域の外部では、同様の住居に被害はなかった。



港湾施設

<米子港>
港一帯では、液状化により大きな沈下が生じている(PHOTO 10)。岸壁が1mに渡って崩れた。港全体に渡ってかなりの沈下が生じている。 沈下の量は、一様ではない。

<境港>
岸壁は約50cm沈下し、約50cm海の方へ移動した(PHOTO 11)。移動は、液状化によるものと思われる。アンカーで固定されていない大きなクレーンが 港内に設置されているにもかかわらず、岸壁の移動に伴う影響を受けていないことから、地表加速度はそれほど大きくなかったと推測される。

<境漁港>
岸壁は崩れ、約70cm沈下し、海の方へ約1m移動している。この移動により、漁港荷揚施設の鉄筋コンクリートの柱と屋根を支えるフレームが 損傷を受けている(PHOTO 12)。 埠頭で、かなりの液状化と不同沈下があった。便所が液状化により部分的に沈下した。 圧縮機が置かれている建物も同じように沈下した。近くの大きな橋(境水道大橋)には、明らかな被害は見られなかった。

<竹内工業団地>
広範囲にわたりかなりの泥砂が噴出する液状化があった(PHOTO 13)。小さいダンプカーが全ての泥砂を運び出すために使われていた。砂の噴出口が多く見られた。


<米子港一帯の産業地域>
地震動による損傷は見られないが、唯一の被害として液状化による沈下が確認された。LPGガス施設が港湾部に設置されているが、 可撓ジョイントが有効に機能したため、地盤の沈下による影響は発生していない(PHOTO 14)。この施設には、大きな構造的な損傷は見られなかった。 主なガスプラントでは、10から20cmの地盤沈下があった。球状のタンクの支柱は対角にブレースが設けられ、柱は杭で支持されている(PHOTO 15)。 これらは、有効であった。

ライフライン

<別所川橋>
溝口近くの別所川橋は、別所川にかかる橋で主要な国道が通っている。橋の中央近くで床面が滑って動き相対的に5から10cmずれた。 この変位量は、床面ジョイント部の許容量以内であり、交通は途絶されなかった。

米子空港は、滑走路に地盤沈下を起こしているところがあるため、閉鎖された。建物には、構造上の損傷は見られなかった。

都市ガスの低圧ガス管に若干の問題が生じたが、火災は発生していない。住居の90%には、地震時に緊急遮断弁の付いた マイコンメーターを備え付けてある。これは、東京で使われているものと同類のものである。

直径30cmの水道本管が、地面の不同沈下のため接合部で壊れていた(PHOTO 16)。復旧作業はすでにほとんど終了していた。

結論

あいにく、地震直後の気象庁の震度階推定は信頼できるものではないと推測されます。概して、私達が観察した地震による影響を基にすると、 報告された震度階は、1程度(すなわち、気象庁震度階6強は、5強であった。)高いように思われます。我々調査員の対話を基にすると、 これには2つの主要な要因があると思われます。

  1. 神戸地震以降、気象庁の震度階推定は、地震結果の観測からではなく地盤の振動記録から数値計算することにより得られています。 計算方法には、地震源の種類に応じた計算式が使用されており、今回気象庁が選択した方法が本地震にそぐわなかった可能性があります。
     
  2. 気象庁震度階の計算に使われた地震計は、必ずしも性能上一致しておらず、これらの機器は測定方法が一致していなかったのかもしれません。 異なる地震計による測定データの調整方法を、今後更に検討する必要があると考えられます。

震度階推定は、相互には現実の被害状況とよく関連すると思われました。すなわち、最も高い震度階級の地域は、最もひどく被害を受けた地域と よく一致していました。
最大加速度分布図は、観測された被害状況とあまり関連していません。もっとも高い最大加速度(0.70g以上)は、新見や落合付近で、 震央の南であると報告されていました。この水準の振動は、膨大な被害を引き起こしてきたものでしたが、少しも被害は見られませんでした。 これについては、さらなる研究を必要とします。

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