トルコイズミット地震
レポート・出版物
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概要

1999年8月17日午前3:01、マグニチュード7.4の地震がトルコを襲った。 震央は、イスタンブールの東方90kmに位置する工業都市・イズミット市の東南部11kmであり、 320km離れたアンカラまでの広い範囲で揺れが感じられた。死者は3-4万人と予測されており、 ほとんどの死者・重傷者は4階-8階建ての商業ビル、住宅の破壊によってもたらされた。 EQEでは、地震発生から2日以内に、7人の技術者(カリフォルニアから3名、英国から3名、ブルガリアから1名) を 被災地トルコに派遣し、被災状況の調査に当たっており、このレポートは、その調査結果を簡潔にまとめたものである。

地震

今回の地震は、西トルコの歴代地震の中で最も大きなものの1つであり、1906年サンフランシスコ地震、 1923年関東大震災以来、近代工業地域を壊滅状態に至らしめた最大規模の災害となった。 地震は、深さ約17kmの浅い地点で発生し、アダパザリの東に位置するマルマラ海イズミット海岸に沿った地震ゾーンで 強い地盤振動を発生させた。発生源の断層は、最北端の北アナトリア断層であり、この断層では、1939年以来M7.0以上の地震が7回も発生している。

北アナトリア断層は、世界で最も良く研究・理解された断層の1つである。今回の地震では、長さ120km・幅20kmの断層面上で、 約60kmにわたって右横ずれ運動が発生したと推測されており、我々のチームも、イズミット湾のゲオルチュク地域において、 2.5m超の横ずれを観察している。また、断層に沿った約2mの垂直のずれも、ゲオルチュク東部の自動車部品工場付近において発見されている(PHOTO 01)。 これらのずれの多くは、断層北側の地盤が南部のそれにに対して大きく落下する事で生じている。この垂直震動、軟弱地盤の横地盤流動は、 海岸に沿った広い範囲で氾濫を引き起こした(PHOTO 02)。

最も顕著な被害の様相は、建物に見られた。今回の地震は大きな断層のずれが人口密集地域を襲った初めての例であり、 断層沿いの地域に広がる数百の建物が、地盤の亀裂により倒壊したと推測される。

今回の地震は、港湾部で約4.5mの断層のずれを生じた1906年サンフランシスコ地震に類似したものであり、 被災地の構造物の質がアメリカや日本のそれよりかなり低いことを考慮しても、近代的な都市基盤・産業・建築物をもつ 世界の高密度地域の地震リスクを理解するのに非常に重要な意味を持っているといえる。

建築

今回の地震により、数千の建物が崩壊に至った(PHOTO 03)。しかしながら、現段階ではまだ互いに相反するレポートが いくつも報告されており、正確な数を把握することができていないが、我々の推測するところでは、少なくとも20,000棟の建物が 崩壊に至るか、あるいは崩壊に至らずとも重大なダメージを被ったものと考えられれる。そうした建物のほとんどが、 典型的なRC造・多層の商業建築物や集合住宅である。多くは、フレームのみが一応RC造で構築され、フレーム内の壁は無補強の コンクリートやブロック壁となっているが、大打撃を受けた建物や崩壊した建物は、かなりの割合で6-8階建ての、建設中もしくは この数年の内に建設されたものであった。

これらの建物は、トルコに近年建てられた他のあらゆる建築物同様、洗練された耐震規定を十分に取り入れた基準に従い設計・ 施工されたものと考えられる。この基準は、カリフォルニアの建築基準に準拠して作成されたものであり、従って、崩壊してしまった 多層建物の大半は、高い耐震性能を保有しているものと信じられていた。この予想外の建物被害をもたらした原因として、次のような項目が考えられる。 ただし、これらの原因で全てが説明されるわけではない。

  1. ほとんどの建物が設計基準の要求を満たしておらず、耐震性の低いデティールが含まれていた。例えば、鉛直・水平方向での不適切な配筋や 丸鋼(現在、異形鉄筋が標準)の広範な使用などがあげられる。
  2. 一般的にトルコでは、構造設計技術者が施工業者に雇われており、進行中の建設現場を視察することはなく、 施工業者が建物を設計者の意図通りに建設しているかどうかは確証されない。構造設計者による現場監理が行なわれない現状が、現場での場渡り的な 設計変更などを生み(チェック・アンド・バランスの欠如)、建物の耐震性能を引き下げる結果となっているのである。
  3. 建物の多くが、粗悪で適正に欠ける建築材料によって建設されており、十分な技術を持たない施工者により施工されている。
  4. 多くの建物が、事実を周知の上で、活断層上や液状化の可能性の高い地域に建てられている。
  5. 多くの建物が、工学的な技術見地によらず、職人的な経験に基づいて建設されている。

多層RC造の商業ビル(PHOTO 04)および集合住宅(PHOTO 05)の被害において、最も不穏と思われる点は、数百、恐らくは数千の 極めてモダンな建物が完全に倒壊したという事実である。他にも多くの建物が部分的に崩壊しており、いずれ倒壊するものと思われる。 これらの事実は、トルコにおける近代建築物の設計・施工・監理の質が、極めて近代的で高度な耐震基準の存在にもかかわらず、 悪化しているということを如実に物語っている。世界中のあらゆる大陸において実行された膨大なプロジェクトから導かれるEQEの知見によれば、 このような事態が未だ多くの国で決して珍しいことではない。



工業施設

震源地域は、トルコで最も工業化された地域の一つであり、トルコ重工業の本拠地といえる。石油化学プラント、自動車製造工場、 タイヤ会社、製紙業、製鋼プラント、セメントプラント、製薬企業などが林立し、これらをEQEエンジニアが視察した。

最も良く知られる所となった、目を見張るばかりの被害は、コルフェズの巨大なトゥープラス精油所で発生した。この精油所は、 トルコの石油の約1⁄3を計上し、この地域の産業に対する主要な石油供給者を担ってきた。プラントは1960年代初期に、アメリカの協力を得て、 トルコ政府所有の石油会社により設計・建設されたものである。この25億ドルの精油所は、トルコにおける生活中心主義(プライベーティズム) 普及プログラムの根幹をなすものと考えられ、 2000年代初頭には生活中心主義が浸透し始めるものと想定されてきた。
石油タンク集合地域で発生した火災は数日に渡って燃えつづけ(PHOTO 06)、爆発の危険性のために、半径約5キロメートル以内は立ち入り禁止となった。
トゥープラス精油所の火災が、今後数カ月に渡る地震震度調査の主対象となることは間違いなく、これらの調査は、地震危険度の高い地域に位置する 石油化学施設にとって、今後極めて重要な意味をもつものと考えられる。1964年の新潟地震以降、精油施設が近傍震源のこれほど大規模な地震を経験した例は、 世界中どこを見まわしても見当たらないからである。

今回の地震に関して驚くべき点の一つは、最新の技術レベルよる工業施設の構造物や設備における被害の割合が高いことと、その度合いの深刻さにあります。 特に、地震動が比較的小さかったことに照らし合わると、その意味合いは極めて重大である。20以上の物件を調査した中で、被害を逃れたものはほとんどといって 良いほど見られず、クーリング・タワーの倒壊(PHOTO 07)、クレーンの倒壊(PHOTO 08)、建築物の崩壊、鉄骨構造物の倒壊(PHOTO 09)、貯蔵・保管ラックの倒壊、 港の損壊、設備・非構造部材の大破(PHOTO 10)などの被害が見受けられた。1週間以内で操業を再開できた施設は極めて稀であり、 いくつかの大規模施設は2ヶ月以上の操業停止を余儀なくされる状況にある。EQEのエンジニアによる判断に基づけば、最終的には、 地震動の周期特性と継続時間の長さが、深刻な被害の重要な要因となったことが明らかになるものと確信している。




地震火災: 地震火災は、地震後に発生する大きな問題であり、今回の地震においてもトゥープラス精油所で大規模な火災が発生した。 倒壊した建物の複数の個所から出火し、建物内部が延焼した。しかし、鉄筋コンクリート構造が普及していることと、この地域の典型的な建物構造が 石造であることから、火災は出火建物外部へ拡大しなかった(PHOTO 11)。従って、トルコでは、イスタンブールの古い木造建築が地震火災の危険に 曝されている以外は、地震火災は重大な災害とされていない。

インフラストラクチャ

電力:アダパザリの中央変電所(380kV)が被害を受けたため、地震直後にトルコ全土で電力の供給が停止した。 しかし、154kVの変電所への影響は最小限に押さえられ、強い地震動が起こった地域に発電所がなかったことから、電力は、 配電システムが建物の倒壊により著しく損傷を受けた一部の地域を除いて、ほとんどの地域で2,3日以内に復旧した。

港湾部:ゲオルチュクのトルコ海軍基地では、建物の倒壊により2、3百兵士が死亡した。幾つかの建物は、 基地の敷地を貫いた断層のずれによりバラバラに崩壊した(PHOTO 12)。ここでの断層のずれは、主として、30cmの垂直方向の ずれをともなった2-3mの右横ずれ運動によって生じている。主要ドックは、断層によりひどい損傷を受け、また、2つの巨大クレーンは 土台構造下の地盤の側方流動によって被害を受けている。それ以外にも、イズミット湾沿いの港湾施設では深刻な被害を被った(PHOTO 13)。

水供給システム:被災地の多くの地域(イズミット湾では全ての地域)は、Thames Water 社によって近年新設され、 運営されているIzmit Water Project(IWP)から水供給サービスを受けている。IWPは、40mの高さのアースダムによって囲われた 60,000,000m3の貯水槽から供給されており、地震動で2m程揺すられた。水処理場および主要配水設備は地震動に対して 合理的なパフォーマンスを発揮し、小さな被害を受けるにとどまった。しかし、IWPによって水が供給されるゲオルチュク、 イズミット等の地域の先端部の配水システムは、埋設配管の被害により機能停止となった。その間、水の供給はタンカーや、 軍の船によってまかなわれた。

交通システム:イスタンブールとアンカラを結ぶ主要道路は、イズミットとアダパザリを通っており、複数の個所で断層と交差している。 これらの主要道路への被害は、断層が交差する場所の道路橋にのみ見受けられた(PHOTO 14)。そのほかの大多数の橋、道路は構造上合理的に 機能したが、地震後の数日間は、救助活動などによって不通状態となった。



保険業界との関わり

トルコのGNPは、その⁄3が、今回の地震によって被害を受けた地域で生み出されている。110万以上が火災保険に、 60万件以上が地震保険に加入しており、地震保険の総保険金額は約1000億ドルにのぼる。今回の地震の被災地においては、 総担保額70億ドルに上る26,000件に保険が適用される。しかし、8月21日付ロンドンタイム紙は、「保険によってカバーされる損失は全損失額の10%」 とロイズが推測していることを伝えており、財政建て直しには、国際的な財政援助が求められる。

今回の震災は、設計・施工の質、建築基準の遵守に関する信頼性のある情報の必要性を改めて実感させるものとなった。 被害を受けた構造物と、受けなかった構造物との差異に関する情報が多いほど、保険業者は、アンダーライティング、 損失低減および災害のモデル化に関する質の高い洞察を得ることができる。また、ここで得られた知識は、ポートフォリオや財政リスクの評価にも 利用されるべきであり、今回の地震から得られた知見は、トルコだけでなく、地震の危機に曝されている投資や建物の存在するどの地域にも有用であろう。

結論

イズミット地震は、地震学、地震工学、地震地域における構造規準の開発と応用、施工品質、リスクマネジメントおよび保険などに対して、 幅広い教訓を与えた。

<生命の損失と建物の破壊は避けられる>
地震によるほとんどの被害、および不適切な設計・施工の施された建物の倒壊による人の死亡は回避可能であった。 このことは、ここ十年間に建てられた建物に対して、特に当てはまる。トルコでは、カリフォルニアで適用されている建築基準に類似した 現代的な耐震設計構造規準を持っており、それゆえ、今回地震の震度は中程度で、その被害も中程度となるはずであった。しかし実際は、 新しい建物でも、不適切な設計と施工、または軟弱地盤上への建設などにより、地震に対する脆弱性を露呈することとなった。このことは、 世界中のビル所有者が十分認識しなければならない事実である。現行の構造規準は、カリフォルニア、日本、イタリア、トルコのどの地域であっても、 ビルと内容物の性能に対して十分な保証をするものではないのである。
しかし、最もひどく被害を受けた地域(PHOTO 15)においても、軽微な被害をしか受けなかった建物(PHOTO 16)は数多い。 これらのビルは耐震設計に基づいた設計、良い品質な材料を使用した施工、また硬い地盤上の建設であったためである。

<産業界への損失も避けられる>
産業界は今回の地震でひどい打撃を受けた。しかし、大部分の損失、特に、業務中断による損失、マーケット・シェアの損失は予測可能であった。 これらの多くは、経験豊富な構造エンジニアによって適切に評価されていれば、倒壊が十分予想された被害によって引き起こされた損失である。 その他の損失は、地震を抵抗するためのアンカーやブレースが十分施されていない設備よるものであった。繰り返しとなるが、このような損失は 十分認識されているものであり、驚くべきで事実ではない。
トゥープラス精油所と他の石油化学工場における被害は、特に注目されるが、基本的には、これらの被害に、目新しい要因は存在しない。 これらの工場は、主な断層付近の軟弱地盤上に立地している。地震動は比較的に強く、長期間にわたった。しかし、今回の地震が石油工場に 与えた影響は、業務中断損失、および環境へのインパクト(火災、有毒物の放出、石油の漏洩)等の点において、歴代強震と比べて過酷なものとなった。 トゥープラスにおける損失は、もし火災が付近プロセスユニットまで拡大していれば、さらに大きくなっていたであろう。

これらの工場に受けたひどい被害は、より良い耐震構造設計、システム・デザインによって回避可能であったと考えられる。 世界中の石油・ガス・化学薬品貯蔵施設、および大規模施設は、同様のリスクに直面している。例えば、東京湾に集中している工場群は、 おそらく世界中で最も大きい資産へのリスクを有している。このような設備の多くは、地震リスクに関する十分な評価とリスク低減が はかられておらず、損失および環境への影響が懸念される。

<粗悪な土地利用計画による地盤被害>
地盤の地割れは、被災地域の多くの構造物の破壊を引き起こした。これらの構造物は、周知の断層の上に、地割れの危険性を考慮しないで、 建設された。 1970年代初頭、カリフォルニア州では、既知の活断層ゾーンにおける開発を規制する法が制定されている。 しかし、現存する建物は、少なからず、この法律の成立以前に活断層上、またはその付近に建設されており、世界中に多く国で多くの建物が直面している。 今回の地震は、地震活断層ゾーンに規制なく開発を進めた結果を示す、その最初の事例となった。

<限られた地震保険の適用>
ワールド・バンクによると、イスタンブール近郊の住宅は、わずか15%が地震保険をかけている(この国の他のエリアは2%)。 更に、国内の保険業者は、保険契約者を保護するための十分な専門技術、および資本を保有していない(ワールド・バンクは、 1998年末現在の産業界向けの地震保険用貯蓄額は2700 万ドルにしか至らないと推定している)。損害額が貯蓄額を超え、 支払い不能になることは明らかである。このような状況に対し、ハザード・マッピングの改善や、リスク・マネージメント・ソフトウェアの使用が、 リスク・ベースの価格設定を可能にし、保険の質を向上させるであろう。また、リスク・ベースのアンダーライティングおよび価格設定は、 土地利用計画、リスク低減プログラム、構造物補強計画、および設計・施工などの改善にも大きな影響を与えるであろう。

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